年齢を重ねるにつれて、「最近、父のいびきがひどくなった」「母の寝息が大きくなってきた」といった声を耳にすることが多くなります。
高齢者のいびきは単なる“老化現象”と思われがちですが、その背景には身体の変化や健康状態が深く関係しており、認知症リスクにも影響する可能性があります。
加齢とともに、喉まわりの筋肉(咽頭筋群)や舌の筋力が低下していきます。これにより、
舌が睡眠中に喉側へ落ち込みやすくなる
気道(空気の通り道)が狭くなり、振動しやすくなる
といった変化が起こり、結果としていびきをかきやすくなる構造的な要因が生じます。
また、加齢によって鼻や喉の粘膜が乾燥しやすくなることも、いびきの原因となります。
高齢になると、深い睡眠(ノンレム睡眠)の割合が減少し、睡眠が浅く・中途覚醒が増える傾向があります。
この浅い睡眠状態では筋肉がより弛緩しやすくなり、いびきをかきやすくなるのです。
さらに、いびきを頻繁にかいていると
睡眠が断続的になり、より深い睡眠が取れなくなる
昼間に眠気やぼんやり感が出て、活動量が減る
睡眠の質がさらに低下し、健康全般に悪影響を及ぼす
といった悪循環に陥る危険性があります。
いびきは単なる「音の問題」ではなく、加齢とともに生じる身体機能の変化と密接に関係しているサインとも言えるのです。
いびきがうるさいからといってすぐに認知症になるわけではありません。
しかし、慢性的ないびき、特に睡眠時無呼吸症候群(SAS)を伴ういびきは、近年の研究で認知症との関連性が強く示唆されています。
ここでは、なぜいびきが脳に悪影響を与えるのか、どのようなメカニズムで認知症リスクが高まるのかを解説します。
いびきの中でも特に注意すべきは、「睡眠時無呼吸症候群(SAS)を伴ういびき」です。SASでは睡眠中に何度も呼吸が止まり、脳が断続的に酸素不足に陥るため、以下のような現象が起こります:
睡眠の質が著しく低下し、脳の回復機能が働きにくくなる
睡眠中に何度も覚醒し、脳神経の連続的な活動に支障が出る
酸素不足により、脳の海馬(記憶を司る部位)がダメージを受けやすくなる
とくに高齢者では、こうした影響が重なって認知機能の低下が進みやすいとされています。
実際に、アメリカや日本の研究で「SAS患者は認知症の発症率が高い」「早期にSASを治療した人は認知機能の低下が抑えられた」という結果も報告されています。
SASによって繰り返される低酸素状態(間欠的低酸素)は、脳の神経細胞をじわじわと傷つけます。とくにダメージを受けやすいのは、
記憶をつかさどる海馬(かいば)
注意・判断力に関係する前頭葉
これらの部位が損傷されることで、物忘れ、判断ミス、感情のコントロール不良など、認知症初期症状に似た状態が進行する恐れがあります。
また、アルツハイマー型認知症の原因とされるアミロイドβの排出は、深い睡眠中に促進されるため、いびきや無呼吸によって深い睡眠が阻害されると、認知症リスクが高まることが近年明らかになっています。
高齢者のいびきが「ただうるさいだけ」なのか、それとも認知症や睡眠時無呼吸症候群(SAS)のリスクにつながる重大なサインなのか――。
その見極めは非常に重要です。ここでは、日常生活で気づけるサインや観察ポイント、注意すべきチェック項目を紹介します。
睡眠の質が悪いと、日中の活動に次のような変化が見られることがあります。
ぼんやりしている時間が長い、反応が鈍い
急に怒りっぽくなる、感情の起伏が激しくなる
物忘れが目立つようになる
何度も同じことを聞くようになる
これらの症状がいびきを伴う睡眠障害から来ている可能性もあるため、ただの老化と思わず、睡眠の質を見直す必要があります。
同居している家族や介護者は、以下のような点を観察することで異変に気づきやすくなります。
寝ている間にいびきが急に止まり、大きな呼吸音で再開する
寝返りや寝相が極端に多い
睡眠中に何度も目を覚ましている様子がある
いびきが夜通し続くか、断続的に変化する
特に、「呼吸が止まっているように見える」「夜中に何度もトイレに起きる」といった様子がある場合は、SASの疑いがあります。
以下のような状況に当てはまる場合、医療機関への相談が推奨されます。
チェック項目 | 該当するか |
---|---|
夜間のいびきが非常に大きく、断続的である | □ はい / □ いいえ |
いびきが止まり、無呼吸のような状態になる | □ はい / □ いいえ |
昼間によくウトウトする・集中力が続かない | □ はい / □ いいえ |
最近、物忘れや判断力の低下が目立つ | □ はい / □ いいえ |
脳血管疾患や心疾患の既往歴がある | □ はい / □ いいえ |
※2つ以上該当する場合は、睡眠時無呼吸症候群の検査を受けることが望ましいとされています。
高齢者のいびきを放置せずに改善していくことは、睡眠の質を高め、脳の健康を守るうえで非常に重要です。
ここでは、認知症リスクを軽減するための実践的ないびき対策を、生活習慣の見直しから医療的アプローチまで紹介します。
いびきの多くは、仰向けで寝ることで気道が狭まりやすくなるために発生します。
簡単にできる対策として、以下のような工夫が有効です:
横向きで寝るように促す(抱き枕を使用)
首の角度を自然に保てる枕を選ぶ
加湿器などで室内の湿度を保ち、喉の乾燥を防ぐ
睡眠環境を整えることで、いびきの頻度や音量が軽減され、深い睡眠が得られるようになる可能性があります。
いびきが強く、無呼吸の疑いがある場合は、医師の指導のもとで適切な治療機器を使うことが重要です。
対策 | 特徴 |
---|---|
マウスピース | 就寝時に下顎を前に出すよう保持し、気道を確保。軽度〜中等度のSASに有効。 |
CPAP装置 | 鼻に装着したマスクから空気を送り込み、気道を広げ続ける。重度SASの標準治療。 |
いずれも睡眠の質が改善され、認知機能への悪影響を減らす効果が期待されます。
高齢者のいびきが気になる場合、まずは耳鼻咽喉科や睡眠外来のある病院で簡易検査を受けてみましょう。
検査には以下のようなものがあります:
簡易検査(自宅での装置装着で呼吸状態を測定)
ポリソムノグラフィー(PSG)検査(医療機関で実施される精密検査)
早期にSASと診断されれば、早期介入により認知症リスクの低減につながる可能性も高くなります。
高齢者のいびきは、単なる生活音として軽視されがちですが、認知症と密接な関係がある可能性が近年の研究で明らかになってきました。
特に、睡眠時無呼吸症候群(SAS)を伴ういびきは、脳の酸素不足や睡眠の質の低下を引き起こし、認知機能の低下や認知症リスクを高める重大な要因となります。
この記事のまとめ:
高齢者はいびきをかきやすい身体的変化が起きている(筋力低下、気道の狭窄など)
SASを伴ういびきは認知症リスクを高める可能性がある
日中の症状や家族の観察で早期発見が可能
生活習慣の見直し・治療機器の使用・医療機関の受診が認知症予防につながる
「年齢のせい」「疲れてるだけ」と思わず、いびきは脳の健康を守る“警告サイン”かもしれないと考えることが、早期対策の第一歩です。
睡眠時無呼吸症候群と認知症の関係|国立精神・神経医療研究センター
https://www.ncnp.go.jp/mental-health/column/column3.html
高齢者の睡眠障害と認知症リスク|厚生労働省 e-ヘルスネット
https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/dictionary/exercise/ys-071.html
睡眠時無呼吸症候群の診断と治療|日本耳鼻咽喉科学会
https://www.jibika.or.jp/public/disease/sas.html
高齢者のいびきに注意|ナゾロジー
https://nazology.net/archives/116231